誰にも見つけてもらえない

【第7回】お嬢様のお花型漂流人生

 中学時代の野球部の仲間であったK君のあだ名はお嬢様だった。腰のあたりでぴょこぴょこと左右に腕を振りながら走る走り方がお嬢様みたいだったからだ。

 坊主頭にうすらヒゲのK君は、その変なあだ名にもめげず一生懸命に練習した。そして、小バカにする周囲の目をよそに、K君は誰よりも足が速くなり、お嬢様というあだ名はそのまま、尊敬を集める存在となった。

 お嬢様の一念、偉業を達成す。

「お嬢様」と聞いただけでがぜん気合いが入ると公言するのはテリー伊藤氏だが、実はどんな分野においても、お嬢さんは偉大なのである。

 近代に入るまで、世界を旅するには自前の足や馬、良くても船や蒸気機関車で移動するしかなかった。国境を越えることが今よりも格段に難しい、こうした時代の冒険家や旅行家には、人並み外れた体力と超人的な胆力が必須だった。 

 だが、そんな偉業をぴょこぴょこと達成したお嬢様がいた。それは、19世紀ビクトリア朝のイギリス在住のお嬢様、マリアンヌ・ノースだった。

 

晩婚のお嬢様、荒野を行く

 1830年10月24日、マリアンヌ嬢は、イギリス南東部ノーフォーク州の地主であり、数々の名士を輩出した名家出身の自由党下院議員フレデリック・ノースの長女として生まれた。

 非常に恵まれた環境で育った彼女は、良家の子女らしく穏やかでもてなし上手な娘に成長し、常に両親との仲も良好な関係を保った。時代的な通念から、正規の教育は受けることはなかったが、当時一流の学者や芸術家との家族ぐるみの付き合いも多く、自然と深い教養を身につけていった。一時は著名な声楽家に師事したりもするが、やがて植物の写生に力を入れ始めた。

 1855年、彼女が25歳の時に母親が亡くなると、議員活動で地元とロンドンを行き来する父を助けるべく、客人の接待や家政などを取り仕切り、ヨーロッパやトルコ、エジプトまで父の見聞旅行に随行するなど、事実上のノース家の女主人として忙しく過ごす。

 しかし、1869年にその父も亡くなると、マリアンヌ嬢は突然それまでの生活を一変させる。

 いくらお嬢様といえども、すでに39歳。結婚もせず、親孝行と社交に生きてきた彼女は、それまでの静かに胸の奥に秘めていた植物と芸術への欲求を急激に覚醒させたのであった。

 短いヨーロッパ旅行の後、1871年、有力者の紹介状を携えた彼女は、カナダからアメリカを経由したジャマイカ・ブラジルへの長期旅行を敢行した。

「私は世界の植物を採取して、観察して、描きたいの!」という思いのまま、それまで磨いてきた人脈・社交術と穏やかな性格を武器に、ジャマイカやブラジルで地元の有力者と友好な関係を結び、生い茂る植物画を思う存分描き続けた。

 1873年に一旦帰国、1875年に再び海を渡り、カナダのケベックからアメリカ大陸を横断。サンフランシスコからは船で太平洋を渡って横浜に到着し、神戸や京都などで多くの写生を行った。続けて訪れたボルネオやセイロンでは、ああ、お嬢様、植物を求めて密林や山々に足を踏み入れさえもした。1877年には再びセイロンを訪れ、そのままインドに長期滞在し、ついにはヒマラヤの麓にまで足を伸ばした。

 

止まらないお嬢様の写生

 1878年、ロンドンの画廊において、それまで書き溜めた植物画の個展を開催し、そこで、世界でもっとも有名な植物園といえるイギリス王立キューガーデンに、自分の作品を常設展示するギャラリーを建設する計画を思いつく。無邪気なお嬢様は奮起する。「ならば、世界中の植物を網羅しないと!」と。

 1880年にはオーストリアに上陸し、砂漠を越え、国中を踏破、ニュージーランドにも滞在した。1882年には自分の計画したギャラリーが完成するが、「アフリカの植物画がまだないのはイヤ!」と、翌年には南アフリカへの写生旅行に向かった。

 だが、お嬢様もすでに50歳。彼女の身体は衰えていく。もともと強靭な肉体の持ち主ではなく、それまでの旅の間も、しばしばリューマチや神経痛に悩まされていた。

 それでも彼女の植物画にかける情熱は消えず、「ギャラリーに南米チリの松を加えたい!」と考えた彼女は、衰える身体を鞭打ち、1884年、チリのサンチャゴに向かい、山岳地帯で松や他の植物を描き切ったのである。

 20年におよんだ写生旅行の後、マリアンヌ・ノースはグロスターシャー州の村にとどまり、採集した植物を植えた庭の手入れをしながら余生を過ごし、1890年8月4日に死亡した。

 最後まで穏やかな性格で家族に慕われ、植物に囲まれた人生。

 私たちがイメージする無骨で強靭な冒険家や旅行家像にはほど遠く、体力や強引さで困難を打ち砕いて進むタイプでもない。花好きだった良家の子女の精神をしっかりと持ち続け、現地の人間と軽やかで良好な関係を築くことで世界を旅した、その「お嬢様人生」の功績は他に引けを取らない。

 周囲を魅了して止まない彼女の「お花型漂流」を、私たち男子は、いったいどのように捉えたらいいのだろうか。

 彼女が描いた植物画832点は、現在でもキューガーデンの「マリアンヌ・ノース・ギャラリー」で見ることができる。