ドラマの力で像が建つ!……こともある 春日局像(春日通りの富坂沿い)
1964年から72年までABCで放送された「奥様さまは魔女」(原題・Bewitched)は、アメリカだけではなく日本でも大ヒットしたTVドラマとして有名だろう。中村正さんの声による「ごく普通の二人はごく普通の恋をし,ごく普通の結婚をしました。ただひとつ違っていたのは、奥さまは魔女だったのです」というナレーションは、現在でもパロディが作られるほど人々に強烈な影響を与えた。
このドラマによって、主人公の魔女サマンサを演じていたエリザベス・モントゴメリーの人気は大変なものとなり、女優としてもエミー賞やゴールデングローブ賞の常連となるほどの評価も得ている。
実は、この「奥様さまは魔女」を記念したサマンサの銅像が、マサチューセッツ州エセックス郡ダンバースに建てられている。
ご存知の方も多いだろうが、このダンバース、昔セイラムと呼ばれており、ある事件により「魔女の町」として有名になった。ただし、それは「奥様さまは魔女」のような明るいコメディーとはかけ離れた、暗く陰鬱な魔女の歴史である。
1692年、セイラム村(当時)に住んでいた数人の女性が交霊会中に異常行動をとったことをキッカケに、村中の200名近い人々が魔女ではないかという嫌疑を掛けられた。強固な迷信で助長された集団心理のためか、拷問による自白強要が行われ、次々に容疑者が有罪の宣告を受け、19人が絞首刑、1人が拷問で死亡、5人が獄死という悲惨な結果へと発展してしまう。以来セイラムは「魔女裁判の町」として知られるようになった。
こうした暗い歴史を持つ町のイメージを少しでも明るくする必要があると考えた人々は、ちょうどニコール・キッドマン主演でリメーク映画が公開されるのを良い機会と考え、2005年にダウンタウンの中心にあるラッピン公園に高さ約2,7m、重さ約1360kgのエリザベス・モントゴメリーに顔を模した銅像を建設したのである。
「魔女」という以外に番組と大きなつながりもなく(ロケが行われたことはあった)、観光名所にしようとする意図がミエミエの銅像だっただけに、市民からは少なからず批判も受けたとようだが……。
こういったTVドラマの力と観光振興が結びつくことで、銅像が生まれるのは珍しいことではない。
東京ドームに隣接した地下鉄後楽園駅を降り、特撮ドラマの基地のような文京シビックセンター(文京区役所)から道路一本を隔てた所に、礫川公園がある。イタリア・ルネサンス式の造園手法である人工連滝(カスケード)が設置されたこの公園の端っこ、春日通りの富坂沿いに、ひっそりと春日局の銅像が建っている。
春日局、徳川幕府三代将軍家光の乳母として権勢を誇り、TVドラマでもおなじみの「大奥」の基礎を築いた人物として名高い女性。現在の文京区春日という地名は、この春日局が拝領した町屋(現在の後楽)が近辺にあったために名付けられたもので、同区の麟祥院に彼女の墓があることから、文京区と春日局は縁が深いのは間違いがない。
しかし、この銅像はそういった歴史的な事情よりも、TVドラマによって建設されたと言っていいらしい。平成元年に銅像が建設された経緯は、
『昭和64年1月(1989)より1年間NHK大河ドラマ「春日局」が放映されました 文京区ではこれを契機として「文京区春日局推進協議会」を設立し区民の皆様と共に区内の活性化地域の振興を図ることを目的として種々の事業を推進しました ここに本事業を記念して春日局像を建立することにいたしました』
という、やたらに「しました」が連発されたて碑文にも記されている。
つまり、1989年に主演・大原麗子、脚本・橋田壽賀子で放映されたNHK大河ドラマ「春日局」の放映に際し、文京区がこれに連動するように観光推進を行った事業の記念モニュメントとして建設されたというわけだ。
それならば、「奥様さまは魔女」の銅像と同じように、ドラマに敬意をもって主演女優の顔を模してつくってもよいように思うが、この春日局像はまったく大原麗子には似ていない。一応、歴史上の人物だし、現役の女優の宣伝になるようなものを区がつくるのはマズイ! という判断が働いたのだろうか? 今後につくられるTVドラマや映画のイメージに配慮して、あまり特徴的でない顔つきにしている! というのであれば、大した気配りではあるのだろうが。
TVドラマの影響や観光振興で銅像が建つことは同じでも、文京とセイラムでは歴史的な背景や建設経緯が違う。それを楽しむのも銅像探訪の醍醐味といえるだろう。