(5)田舎暮らしの段取り

(5)お膳立て

中心街にほどなく近い高層マンションに私の新居が用意されていた。この辺は高くてもせいぜい五階建ての建物が多いので、私のマンションはどこに行ってもよく見える。
「ここなら絶対迷わないですよ!」
石原会長はカッカッカと水戸黄門のように笑う。
「ええ、それがいちばんですよね」と微笑みながら、心の中で自分自身に「なんじゃそりゃ」とツッコミを入れる。

建ったばかりの高級マンションのエントランスは、黒とシルバーを基調にしたゴージャスな大理石仕様だった。今どきびっくりのバブリーマンションだ。レザー風の重厚な玄関ドアを開けると、広々としたホールにセキュリティチェックの機械があった。水色のガラスの向こうはまるでホテルのフロントのようだ。

石原会長はフロントに凛とした表情で座っている制服の女性に手を振って合図した。すぐに気づいた彼女は笑顔で会釈する。自動ドアが開く。

このフロントには住人を笑顔で迎える「コンシェルジュ」がいるのである! 凄スギ。

私はコンシェルジュに鍵をもらい、このマンションが宅配便や小包の預かりからクリーニングなどほとんどの雑用を助けてもらえるシステムだと説明される。ごみは決まった日にボックスに入れて玄関前に出せば、集配するという。「こういうマンションって高いんだろうなぁ〜」と思わず息を飲んでしまう勢いだ。

何かあればすぐにコンシェルジュに連絡するよう言うと、石原会長は握手をして帰っていった。やたら握手が好きな人なのだ。

エレベーターも共同廊下もベージュのシックなカーペットが敷かれていて、まるでホテルだと錯覚するほどゴージャスだ。

私の部屋は10階の角部屋。鍵を開けると、まるでショールームのように広々した空間が広がっていた。白い壁、ピカピカのフローリングのダイニングキッチンは余裕で20畳はある。あとの部屋は寝室、ウォークインクロゼットに使っても、まだひとつ余裕で部屋が空いてしまう。めちゃすごい! 小森祐子が見たらきっと思い切り悔しがりそうな<ゴージャスな3LDK>だ。すごい♪ とにかく住居レベルでは彼女を確実に越えたゾ!

東京で同じようなゴージャスマンションを冷やかし見学に行ったことを思い出した。そうだ、まったくこのマンションと同じような重厚なエントランスだったもんだ。でもあの物件は中に入ってみると、信じられないほど感性が貧しい建物だった。何より部屋が狭くて息が詰まりそうだった。それに比べると田舎ならではのゴージャスな間取りにはため息が出る。

寝室には私が指定した新しいベッド、キッチンの隅には新しい冷蔵庫があった。絨毯とカーテンの包みもある。これらの家財道具一式は私が選んで近藤社長に手配してもらったものだ。ここまでやってもらうと、仕事は完全に断れない。しかしそれがかえって迷いをふっきれさせた。私はここで、いよいよデビューするのだ。

ま新しいカーテンをレールにひっかける。
ふと、東京とは何もかも違う窓の外の景色に目を奪われる。

この島はほとんどが海だ。
四国のはしっこで南も北も東も海に囲まれている小さな小さな地方都市だ。南側の窓から見える山の向こうには紺碧の水平線が広がっている。東の窓からは地方都市というにはあまりにも小さなこの町の中心街が見える。

ダンボール10個分の私のささやかな荷物が、掃除の行き届いた居間の隅に積まれている。

このショボい町で、いよいよがんばらねば!

2008年08月24日(日)


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